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プライド高いのはだめなの?という話

2017/11/02 木曜日

プライドが高すぎてダメだ。
と言われたり、思ったりしたことはありますか?

 

私は小さい頃からずっと、プライドで自分を護っていました。
プライド。つまり自尊心。

自尊心こそが自分を守る最後の砦だと思っていました。
自分で自分を護らなきゃ。と思っていました。

 

17621026 - portrait of a beautiful young woman in a carnival mask. over black background.

 

幼い頃から、結構人の顔色をうかがっていました。

目の前の人にとってダメだと思われるようなことをしていないか、
相手の意に沿わぬことをしていないか、

ダメ出しされないようにしないと→傷つきたくないから

目の前の人って、
つまり母と兄なのですけど。

 

この二人はホントに自分たちの理屈でグイグイくる人たちだったので(笑)
この人たちの言ってること聞いていると
もしかして自分の方がおかしいのではないか?
自分ってダメダメなのではないか?
と思えてくるわけですよ。

 

「あんたはグズだから」
「あんたはご飯食べるの遅いから」
「あんたはスローモー(動作がゆっくり)だから」
「あんたは優しくないから」
「お兄ちゃんはIQ高いけど、あんたのIQは普通」

幼いとき、そういうことせっせと言われると
ホントにそうなのかと思ってしまうものではないでしょうか?
私はそうでした。人一倍素直な性格だったし。

 

でもね、世の中に出てみたら
(幼稚園に行ってみたら=家族以外の人と接してみたら)
全然そんなんじゃなかったわけです。

幼稚園に行った初日、お弁当食べ終えたら一番で驚いたし、
「のりこちゃんはやることが丁寧だから任せて安心」と言われるし。
やることが手早い。器用だと言われるし、
塾にも行かず稽古事ばっかりやってたけど、成績は良かったし。

 

母の評価なんぞ当てにならん!
この私のどこがダメダメなんだ!
そんなわけないだろ!と思いましたよ。

お前はダメな人間だと洗脳されそうになる自分を感じてて、
自分の価値を貶められる気がして

これじゃだめだ。と。
私はそんな風に価値のない人間ではない。と。

 

自分はダメではない。そのことに確信を持ち続けるために、

あんたはダメだと洗脳しようとしてくる母。
それに乗っかってくる兄。
母や兄から私を護ってくれない父。

それらから自分を護るために

自分のなかの自尊心を総動員する必要がありました。
それは闘いでした。

自分を護るための闘い。
「どーせ私なんか」と自分がひねくれてしまわないための闘い。

 

ちなみに、小さい頃はいつも泣いていました

泣く理由は様々ですけれど、

とくに特徴的だったのは
相手の無作法さ(ひどいこと言ったり叩いたりする)に
びっくりして、怒って、悲しんで、泣くことが多かった。

 

 

で、プライド高いのはだめなのか。という話なんですが。

 

私は今でも、
最終的には自分を護れるのは自分だけ
だと思っています。

それを教えてくれたのが家族だったと思っています。

 

これまで、

そういう風に育ったこと

「自分を護れるのは自分だけ。
家族なんて私を悲しませるだけで、護ってなんてくれない」
という観念を自分が持っていることに対して、

ずっと負い目を感じていました。

 

世の中を見てると
「家族のおかげで頑張ることができました!」とか言ってる人
多いじゃないですか。

ずーっと昔、中学生の頃だったと思いますが、
オリンピックで入賞した選手が
そう言っているのを初めて聞いたとき、
ものすごく驚いた記憶があります。
「えー!家族ってそういうものなんだ~」と思って。

で、

「はいはい。そんなのどーせ私にはわかりませんよ」とか思ったわけです。

そういうもの(家族って良いもの)から外れた育ちかたをしている自分は
はみだし者なんだと思ってきました。

 

でも、

このたび

そういうのを負い目に感じる必要はないんだと思うに至りました。

 

23961185 - beautiful woman with the carnival mask

 

自分を護れるのは自分だけ。
自尊心大事。

それでいいじゃない?
だって、自尊心大事でしょ。

それに付随する考え方あれこれが要らないだけで。

 

プライド高いのがだめなんじゃなくて、
プライドに付随するあれこれが要らないだけですよね。

例えばこんな風に。

 

プライド高いせいで人の注意が聞けない。

➡自分が貶められたように感じるから。
➡何か言われると脅かされるように感じる(理屈ではないところで) から。
➡こんな私が、こんなやつに何故とやかく言われなきゃならないのか!とか思う。

事実を言われているだけの場合でもですよ。

 

プライドを自分の過大評価、ひいては自分へのダメだしに繋げてしまう。

➡ もっと私はできるはず。
なのにこれしかできないのは私の努力が足りないからだ。とか

➡私が偉大すぎて、周りの人々が私のレベルについてこられないから、
私のやってることが理解できなくてつべこべ言ってるだけだ。

 

こういうのが、プライドに付随したあれこれであって
(もっともっと色々なパターンがあると思いますが)、

結局自分が傷つくのが怖いからなんですよね。

 

自分の価値を
過大評価も過小評価もする必要なんてなくて、
ほんとは
ただ事実をシンプルに受けとればいいだけなのに、
色々と自分のなかのあれこれに引っ掛かって感情的になってしまう。

 

でも、だからといって
自尊心を持つことが悪いことだってわけではないですよね。

自分で自分を護ること
それは、尊厳の問題だと思うんです。

 

なんか、時々
「プライド=持っていてはいけないもの」
っていう暗黙の理解みたいなもの、ありませんか?
お高くとまってる。って言う言葉もあるくらいだし。

私も少し前まで、そう思っていました。

 

自分の身は自分で護らなきゃと私に思わせた私の家族に対して
ずっと恨みを抱いていました。

「だから、こんなふうにプライドの高い人間になっちゃったじゃん!」
とか思って。

 

あげくに、

「君はプライド高いからダメなんだよ。
プライドなんて棄てなきゃならない羽目になることが、人生にはあるんだ。」

とか

「君なんて、経済力があるわけでもないんだし、
社会からみたら何もできない存在なんだから、そんな尊大な態度でいちゃだめだよ。」

なんて、もっともらしく説教する彼氏なんぞも現れて(笑)

 

「はん?そんな人生要らんわ!」とか、内心キレてみたり。

「だってプライドなかったら生きてこられなかったんだから!」
と自分を正当化しようと頑張ってみたり。

 

何度も言っちゃいますけど
プライド(自尊心)持ってるのが悪いんじゃなくて
プライドのせいで感情的になったり、凝り固まった考えに固執したりするのが
自分のためにも周りのためにも良い結果をもたらさないだけです。

 

確かに、変に凝り固まったプライドなら、ない方がいい場合もあるし。
必要な時にとっととプライド(余計なこだわり)を捨てられるというのが
逆にプライド(矜持)だったりすることもあるのだし。

自分の仕事にプライドを持っている
というように、良い意味で使われるならいいけど。

周辺のあれこれをひっくるめてプライドっていう言葉で片づけるのは
違うと思うんですよ。

 

プライドを持つことは悪いことだ。
謙遜が大事だ。

そういう決めつけこそが、
私たちの自己価値を下げさせようとする世間のやり方で、

出る杭は打たれる。だし
みんな同じじゃなきゃいけない。っていう呪いだし。

何様のつもりなんだと言われたり。

おかげで幼い頃から
こうあるべきだ。こうじゃなきゃいけない。
という概念を普通だと思って生きてきてしまったりするわけで。

 

自己価値を低くみるように仕向けてくる何かとは
断固として闘わなきゃならないと思います。

 

とはいえ、
今このようなことを力説している私も
結構長い間、自分は居ても居なくても良い人間だと思ってました。

 

そうじゃない。
いてもいなくても良い人間とか、
取るに足らないフツーの人間なんて、いるわけがない!

頭でわかっているだけでなく、心からそんな風に思えるようになったのは
アデプトプログラムを受けてからです。

 

heaven and clouds 3

 

それが、私のアデプトグラムのご案内文章に繋がっているなぁと
今朝思ったので、こういう文章を書きました。

 

長い文章を最後まで読んでくださり有難うございました。

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